京都東山幕末の志士たちを追う

〈維新150年〉幕末:祇園・東山

2018-11-4 京都市・東山区 大阪あそ歩

地図表示に少し時間がかかる場合があります。
赤色は、今回歩いたコースのGPS軌跡です。
地図上のマーカーをクリックすると簡単な説明を見ることができます。

参加コース行程

「発」京阪祇園四条駅・スタート~①出雲の阿国(おくに)像②阿国歌舞伎発祥地の碑(南座)③建仁寺④井伊美術館⑤法観寺・八坂の塔⑥明保野亭跡を望む⑦霊明神社神社⑧坂本龍馬、中岡慎太郎など幕末志士葬送の道・天誅組総裁招魂碑⑨春光院⑩圓徳院⑪月真院(御陵衛士屯所跡)⑫祇園女御供養塔⑬長楽館⑭坂本龍馬・中岡慎太郎像(円山公園)⑮中居弘胸像⑯八坂神社~⑰祇園会所跡⑱一力亭~⑲奈良富跡⑳祇園新橋~㉑かにかくに碑㉒高杉晋作寓居跡(魚品楼)~㉓英国公使ハリー・パーク遭難の地㉔勤皇派びいきの小川亭跡㉕池田屋事変殉難志士墓所跡~㉖高山彦太郎像㉗駅伝発祥の説明碑~「着」ゴール・解散最寄り駅 京阪三条駅

今回歩いた京都市の現在地図と明治時代の地図比較です

左:現在 右:明治時代の京都市の地図です

今回のまち歩き概略

幕末期は京・大坂が舞台の地。祇園・東山にある幕末維新期の史跡を訪れます。
明治新政府樹立後、外交問題の最大の事件「英国公使ハリー・パーク遭難事件」のあった地、高杉晋作寓居跡はどこか?

晋作が愛した祇園の芸妓小梨花(こりか)がいた井筒屋跡。龍馬と懇親があった薩摩藩士吉井幸輔の孫である吉井勇氏の句碑。

西郷吉之助馴染みの茶屋「奈良富」跡。その茶屋には西郷が愛した仲居お虎がいた。

初めて神式による葬式が行われた霊明神社。坂本龍馬と中岡慎太郎の葬儀が行われた場所、遺体が運ばれた維新葬送の道をご案内。

龍馬の死を悲しみ、妻であるお龍が墓守として暮らした住居跡。池田屋事件の直後に起こった「明保野亭事件」があった明保野亭跡。

そのほか、京都での鴨川より東側の祇園、八坂、清水周辺の幕末史跡を巡ります。

大阪あそ歩HPより

今回歩いたコースは以前(2016年)にも参加したことがあるコースです。

しかし以前参加した時には最初から最後まで雨でした。しかもわりとシッカリ降るのです。

そこでもう一度良い天気にと再度参加しました。

幸い雨も降らず秋の京都東山界隈のまち歩きが出来ました。


私は歴史は好きですが詳しくないので、観光も兼ねたまち歩き気分で参加しています。

歴史の勉強も出来た上に京都の観光地や、あまり観光客が行かないコースもあるのでそこがいいですね。

維新150年、今一度当時の志士たちに思いを馳せながらまち歩きに参加しました。ちょっと言い過ぎかな。

「発」京阪祇園四条駅・スタート~①出雲の阿国(おくに)像

南座

リニューアルした南座です。

鴨川沿いに出雲の阿国(おくに)像があります。

安土桃山時代の女性芸能者。

色々な変遷を経て現在の歌舞伎につながって行くそうです。

②阿国歌舞伎発祥地の碑(南座)

①出雲の阿国と関連した碑です。

今は南座だけですが、北座もあったそうですが明治に道路拡張で廃業となったそうです。

③建仁寺

江戸時代の建仁寺は広大な敷地でした。明治以降になって現在の広さになりました。

幕末の出来事に関してはあまりないようです。

④井伊美術館

井伊美術館 彦根藩京都藩邸大門(復元)

井伊美術館へは前回も訪れました(中へは入らない)。

通りに掲げられた高札は実際に江戸で掲げられていたもので、貴重な内容が書かれた高札だそうです。

本物だとか(左画像)。しかし何が書いてあるのか分かりません。説明書きの板も読めません。

前回(2016)訪れた時には高札についての説明書が下の方に貼ってありました(右画像)。

しかし今回行った時には何もありませんでした。

高札なので表に展示することに意義があるのかも知れません。

でも・・・

⑤法観寺・八坂の塔

映画やドラマで有名な八坂の塔が見える通りです。

京都観光の中心地です。着物姿が似合う場所ですね。

八坂の塔は有名なのですが詳しい事は案外知りません。

法観寺についてはまち歩きをする前までは、名前も知りませんでした。


八坂の塔は法観寺の塔なんですね。

⑥明保野亭跡を望む

明保野事件があった明保野亭は、現在は残っていません。

特に碑などもありません。

ここからあまり遠くないところに明保野亭というお店もあり龍馬の写真なども見ることが出来るのですが、直接の関わりはないようです。

「よーじや 清水産寧坂店」内の庭からの眺めが「明保野亭」かな?と思われそうですが、実際は庭の奥の上?の方に「明保野亭」はあったようです。

明保野亭は坂本龍馬などの志士も利用していたとか。

⑦霊明神社神社

霊明神社神社

霊明神社神社は1809年、村上都愷(くにやす)が神道葬祭を行うために社を個人で創建。坂本龍馬も中岡慎太郎もここで神式で葬儀された。

明治の初め、坂本龍馬の妻・お龍が一時期龍馬の墓守をしながら居住した長屋がこの地にあった。この長屋は第二次世界大戦中に撤去された。

⑧坂本龍馬、中岡慎太郎など幕末志士葬送の道

幕末志士葬送の道・龍馬の遺体もここを通ったに違いない
説明碑

天誅組総裁招魂碑

霊明神社神社・神道墓地
天誅組総裁招魂碑

⑨春光院

春光院

勤皇僧月照寓居跡です。

⑩圓徳院

圓徳院は豊臣秀吉の正妻、北政所終焉の地です。

⑪月真院(御陵衛士屯所跡)

新撰組から脱退した孝明天皇の御陵を守る衛士15人がここ月真院に移り住んだ。

しかしその後新撰組によって暗殺などで多くの隊士を失いました。

月真院(御陵衛士屯所跡)説明板

⑫祇園女御供養塔

⑬長楽館

長楽館は「たばこ王」と呼ばれた村井吉兵衛の別荘。

伊藤博文も宿泊したことがあります。長楽館という名は伊藤博文が命名。

⑭坂本龍馬・中岡慎太郎像(円山公園)

坂本龍馬・中岡慎太郎像(円山公園)

最初の像は第二次大戦中に供出させられ、昭和37年に再建。

銅像下の名前の文字は吉田茂(高知出身)の直筆だそうです。

⑮中居弘胸像

中居弘胸像

中居弘は薩摩藩士。英国公使パークスが襲われた時に命がけで救った。

後に京都府知事。

この像のある近くで、壬生浪士相撲興行が行われた。

胸像のある場所はあまり人の行かない場所にあり、目につかない場所にあります。

⑯八坂神社⑰祇園会所跡

祇園会所とは新撰組が探索に出かける前に集まる場所。

八坂神社前の角辺りにあった。

⑱一力亭⑲奈良富跡

一力亭は300年以上の歴史を持つ格式高いお茶屋。

幕末には多くの勤皇志士も利用。近藤勇も一力亭を利用していたそうです。

奈良富跡

奈良富は西郷隆盛の馴染みだったお茶です。

お虎という中居を贔屓。太めだったそうです。

大河ドラマ「西郷どん」では薩摩藩定宿・鍵屋の仲居の虎として描かれています。

⑳祇園新橋㉑かにかくに碑

かにかくに碑が建っている場所に茶屋「大友(だいとも)」があった。

㉒高杉晋作寓居跡(魚品楼)㉓英国公使ハリー・パーク遭難の地

高杉晋作寓居跡(魚品楼)は今は碑も何もない。

英国公使ハリー・パーク(パークス)遭難の地は、右画像の通りで起きた。

慶応4年2月30日(1868年3月23日)、イギリス公使パークス一行は明治天皇に謁見するため宿舎の知恩院を出て御所に向かう途上、2人の男に襲撃された。
すぐさま護衛の中井弘蔵と後藤象二郎が反撃し、犯人の一人朱雀操を斬殺した。もう一人の犯人である三枝蓊も他の警護兵に重傷を負わされ、逃走しようとした所を捕縛され、襲撃は失敗に終わった。
三枝は同年3月4日に斬首された。

ウィキペディアより

上の右画像の通りから知恩院へ通ずる道があり、パークスは知恩院に運ばれお供の医官の治療でことなきを得た。

命がけで助けた中井弘蔵と後藤象二郎は、英国女王から名誉の剣が贈られた。

中井弘はのちに京都府知事になる。

㉔勤皇派びいきの小川亭跡

㉕池田屋事変殉難志士墓所跡㉖高山彦太郎像

高山彦太郎は御所の方を向いています。

㉗駅伝発祥の説明碑「着」ゴール

今回のまち歩きも三条大橋でゴールです。

最寄駅は京阪三条駅。すぐ近くに駅伝発祥の説明碑があります。

日本初の駅伝が行われ、スタート地点がここだったのです。

京都から東京までの駅伝。知りませんでした。

初めての駅伝説明文

今回のコースのまち歩きは2016年に参加した以来2度目です。

2016年参加した時は、あいにくの雨でしたが今回はまずまずの天気で良かったです。

前回回った時の説明はすっかり忘れていましたが、もう一度歩き直して思い出したことが多いです。

幕末の志士たちの思いを少しは感じ取れたかな?

結構歩き疲れましたが健康的な疲れでいいですね。

ガイドの長谷さんと結城先生、ありがとうございました。

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